教育について考えよう
Education


ご意見、ご感想をお待ちしています。

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2006.12.21
Thu.

◆今月15日、本会議で教育基本法が可決された。その直後、NHKで伊吹文部科学省大臣は以下のようにコメントした。
「卵は大事な栄養源で戦後しばらくはとても必要だったが、今は卵を食べるとコレステロールがたまって、メタボリックシンドロームにもなる。食べすぎはよくない。権利や自由も同じです」と。

 ただあきれるばかりである。失望したのは私一人ではないだろう!何のための教育基本法の改正だったのか。この言葉を聞いた多くの国民はどう思っただろう。

2005.5.28
Sat.

◆読売新聞3月18日“「教育ルネッサンス」読み解く力14 藤原和博さんに聞く”
 
図書室改革 利用10倍」という副題がついている。藤原校長の 言われていることに全く同感です。今の日本の「正解主義」教育を批判するところや読解力の定義など。記事はこちらから!(読売オンライン)

2004.10.9
Sat.

メディアリテラシー

 ちょっと前になりますが、9月15日の朝日新聞朝刊「直言」に愛知産業大学短期大学講師の加納寛子氏が「小学生からITの使い方教えよ」とのタイトルで書いています。
以下引用

「パソコンやインターネットでは、情報機器の使い方は教えても、メディアの持つ特性が十分おしえられているだろうか。インターネットとつきあうには、『公共性』や『匿名性』などの懸念をきっちり学ぶ必要があるが、自学自習ではとても難しい。高校で使う『情報』の検定教科書編集のため、指導要領を調べたが、メディアリテラシーを体系的に学ばせる内容はなかった。
小、中学校でも同様である。
 それなのに、小学校の総合的な学習の時間などで、パソコンやインターネットがすでに使われている、となれば、小学生にメディアリテラシーを体系的に学ばせる機会を設けるのは危急のことである」

と。私もまったく同感である。

2003.5.22
Thu.

◆今日の聖教新聞「名字の言」より
 ワイルドスミス氏が創価小学校へ。図工の時間の授業参観で、未来っ子たちに語りかけた。
 「人と同じである必要はありません。たとえば、ピンク色のゾウを描いてもいい。それは、あなただけの特別のゾウです。自分が自由に決めることができるのです」。
と。
 私も小学校のときこの話と同じことを当時の絵の先生が話されていたのを今もはっきりとおぼえています。

2003.1.4
Sat.

◆今日の聖教新聞の人間革命「智勇」2より
 「『学内の運営に関しても、学生参加の原則を実現し理想的な学園共同体にしていきたいのであります』そして、民衆に開かれた大学として、将来、通信教育部を開設する展望を語っていった。伸一は、見学の構想の段階から、いち早く『通信教育部』に焦点を当てていたのである。
 『かつて一人として民衆の要求にもとづく大学の設立を考えた者はいない』とは文豪トルストイの指摘だ。今伸一はその課題に敢えて挑戦しようとしていたのである。」

2002.11.15
Fri.

◆教育基本法の改正について
 中教審からの中間報告「教育基本法見直し提言」が発表されました。
 私の感想は、この報告には今までの国の教育に対する反省が全くなかったことにまずはびっくりです。今の教育のいきづまりの原因は国の教育政策にあったことをまず反省すべきではないのか。個性とか創造性よりも平均化や協調性を優先し、国の経済政策に教育を手段として利用してきた、その反省がない。
 けっして基本法がそうしたのではない。明らかに国がある意思を持って教育を利用したのではないでしょうか。
 基本法の前文や第1条などに謳われた理念は今でも立派に通用するすばらしいものです。
 私は拙速に改正することには反対です。今回の内容は教育に対する国の関与が高く決して褒められるものではありません。もっとマスコミは主張すべきと思いますがどうでしょうか。

2002.11.5

◆昨日、ある小学生の保護者の方から千代田区の小学校の将来像はどうなっているのか、という問い合わせがありました。私も直ぐ答えられませんでした。帰って改めて基本計画をみてみましたが中等教育学校についてはありますが、小学校の将来像としては明確 ではありません。
 その方が指摘される通り、まずは区としての考え方を示しその上でいろいろなことを学校運営協議会の場でみんなで話し合っていけるようにしてもらいたい、すなわち教育委員会と校長会で決まったことをただ連絡するのではなく実質的な議論の場とすべきと。全くその通りだと思います。

2002.10.20
Sun.

◆東大の神野先生の「痛みだけの改革、幸せになる改革」より

 「スウェーデンの中学校の社会科教科書『あなた自身の社会』(アーネ・リンドクウェスト、ヤン・ウエステル著、新評論、1997年)には、予算についていろんな見解が載せられています。
 意見1.我々は、コミューン税を1クローナ引き下げたい。これは、10万クローノルの所得のある者の財布に、1,000クローノル多く入っていることを意味する。税金の軽減は、人々の選択の自由を拡大する。
 意見2.それは絶対に駄目だ。それはサービスの低下をもたらすだけだ。私たちが減税に反対するのは、より多くの保育園、より良い学校給食、障害者にも利用しやすい中央地区を意味している。
 意見3.私たちは税金を引き下げる代わりに料金の引き上げをします。その方が公正だからです。そうすれば、電気や水を浪費している者よりも節約している者の方が、少なく支払うことになるからです。バス料金、保育園料金、その他いろいろな料金も同じです。
 意見4.われわれは、いたずらな料金値上げはしない。それは、高額所得者を利するだけだ。料金を10%引き上げる代わりに税金を75ウーレ上げる。それが大多数の物、子どものいる家族、年金者にとってベストだ。

 コミューンの予算に、以上の四つの見解が載せられています。ちなみにコミューンとは日本でいえば市町村にあたります。
 こうしたいろいろな予算についての考え方を中学生に知ってもらって、自分なりの税金に対する見解を考えてもらおうとしています。それが大多数の者、子どものいる家族、年金生活者にとってベストであっても、絶対にスウェーデンではどれが正しいとは教えません。税金か料金か、あなたは右に述べられた四つの意見のどれに賛成しますか、と問いかける形で自分で考えさせます。」
以上引用させていただきました。

2002.8.26
Mon.

◆アメリカアイビーリーグの名門プリンストン大学での入試選考について作家の冷泉氏のJMMレポートに掲載されていて参考になりました。
 (教育について論じているのではなくネットワークのセキュリティについてがテーマです。)
 大学では日本のように入試の成績上位者から順番に合格者を決めていくのではなく、まずその年の入学許可者を「どんな集団にするのか」を事務室全体で決めるそうです。
 「その大学の伝統を堅持しそうな人物をまず優先的に取り、次に伝統に反してでも革新をもたらしてくれそうな人物を混ぜていく、と。
 なぜ、そのような面倒な手間をかけるのかというと、その選抜自体が、大学にとっては死命を制するからです。入学して講義の中でのディスカッションをどう盛り上げてくれるのか、そして4年後に卒業にこぎつける歯勿論、その後のキャリアでどんな風に大学の世評に貢献してくれるか、そして卒業25周年の大同窓会の席上でどれだけの寄付金の小切手を切ってくれるのか、までとにかく優秀な人材を確保することは短期的にも長期的にも重要なのです。」
 と冷泉氏は紹介しています。
 →各大学で創立の精神にたってそのための人材を育てるべくアイビーの各大学はある意思を明確に持って生徒を取っていることが理解できました。日本にはそういう明確な理念が大学にはなくなっているのではないでしょうか。
 世界に平和のための優秀な人材をどう輩出できるのか。真の世界人を育てるべく大学、また教育でありたい、と思います。

2002.8.10
Sat.

引用ばかりですみません。
今日は聖教新聞の「名字の言」(8月10日)からです。
 日本の教育は答えは一つという。しかしそうではない。
 私も娘によく「教科書通りの答えでなくていい。解き方はいくらでもあるから、要は自分で納得できる解き方ならいいんだ。」と。

以下は引用です(全文)

 平和の父・ガルトゥング博士が以前、関西創価学園でこんな質問をした。
 「二つのみかんを3人で分けるには?50通りの方法を考えてください」と。
◆悩む学園生に博士は四つの例をあげた。
 @細かくしてケーキを焼き、3人で食べる。
 A種を蒔き、10年後実ったみかんを分ける。
 B3人が協議して、お腹をすかした少年にあげる。
 C何もしない。みかんの美しさを3人で楽しむ。
 答えは一つといった思考法に慣れているだけに、目から鱗が落ちる思いだった
◆博士は語る。実際に紛争や衝突が起こったとき、解決の方法が多ければ多いほど、回避できる。そのためにも、多くの意見を出し合うことが大切。それが平和教育にとっても大事なポイントである。
◆かつて中米のエルサルバドルが12年にも及ぶ内戦を終結させ、平和の道を歩んだことは記憶に新しい。対立する勢力が対話のテーブルについた原因は、「相手を打ち負かすことは永遠にできない」と悟ったからだった。
◆世界各地では今も、紛争が続き、多くの市民が犠牲となっている。“やられたらやり返す”という唯一の論理ではいつまでたっても解決の道は開けない。相手の立場に思いをいたし、勇気ある対話で、自分発の平和運動を広げていきたい。(陽)

2002.7.14
sun.

★イギリスに留学し博士号を取得した遠山参議院議員(公明党)のメルマガNo.82が教育について大変参考になりましたので引用させていただきました。

◆教育の違い
 欧米では、論理性、英語でロジックやリーゾニングといわれる論争の基本を、学校教育の中で教えています。ある高校の授業では、毎回教師がある分野のいわゆる「権威」と言われる人が書いた文章を生徒に渡し、しばらく中身を読ませてから「さあ、徹底的に批判しなさい」と指示するそうです。普通、「権威」と言われている人は、なかなか批判しにくいのですが、この授業を1年受けると、自分の頭で考えてたとえ相手が「権威」であっても、論理性の高い批判ができる実践的批判精神が身につくといいます。
 日本は、逆に、受験勉強などを通して、「(匿名の)権威」である誰かが作る解答をいかに正確に予測してそれに近い答えを書くか、ということで競いあうため、主体的かつ実践的批判精神をもった若者が育たなくなってしまっているのではないか、と危惧しています。匿名の権威に、無批判に従う精神を持つ人が成績がよく、その中から中央政府の官僚が大量に出ているとしたら、それはかなり深刻な問題だと思います。

2002.5.21
Tue.

★冷泉彰彦氏のJMMレポートより
 アメリカの教育についてこう紹介されていました。

小学校低学年では「ヘレンケラーの偉大さ」「キング牧師の勇気」
中学生では「ギリシャ哲学の現代における有効な思想性を記せ」
高校生では「フィリピンとキューバのアメリカによる植民地支配は果たして帝国主義的であったか、私見を理由と共に述べよ」
このように価値判断と因果関係の思考法を叩き込まれます。
次に重要視されるのが、聴衆の前での口頭発表(プレゼン)です。
幼稚園 「ショーアンドテル」
小学生 「プロジェクト」
高校生 「グループ研究」
いずれにしても幼稚園から社会人まで「プレゼン能力」を磨いていることになるわけで、こうした点だけ見ますと「とても日本人には太刀打ちできない」「だから英語定刻主義は横暴だ」という話に繋がりやすい。
 ↓
結局のところアメリカの教育はコミュニケーションと因果関係をたどる「技能」を教えていただけなのでしょう。その大前提となる価値観の部分では実に単純なアメリカ至上主義や民主主義神話だけでそれに強烈な信仰を埋め込んでいただけなのでしょうか。

2002.4.29
Mon.

大串ひろやすメールマガジン第5号

■「創造と変革を目指して」
 今回は教育について考えてみました。
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★日本の教育とハーバードビジネススクール 
 先日、あるフォーラムに出席し(A)社の(B)社長の話を聞くことができました。
 私は社長の話に引き込まれてしまいました。教育に対する考え方に全く同感したからです。
 それは日本の教育は教科書に書かれていることのみを正解とし、生徒一人一人の考えさせる教育は全く行っていない。さらに人間関係力を養うということについても、生徒一人一人が意見をディスカッションし相手から学ぶということもされなく、行われてこなかった、と。
 自分がハーバード大学ビジネススクールで学んだ教育はそういうものではなく正解はたくさんあるのだ。要は筋道がしっかりしていて理論性があれば正解なのだ。そしてお互いの意見を少人数のクラスで戦わせまた啓発しあうという教育であった、と。
 勿論、教育全般とビジネススクールのMBA取得のための授業では違いはあるのは当然でしょう。経営に関しては確かに正解はない。私もSMA(証券アナリスト資格)の勉強のときは先生からそのことはくどいほど言われ続けた。自分の考え方を持て、と。さすがにハーバードのように生徒同士で意見を戦わせるということはなかったが。
 でも、日本の教育は社長が言う通り皆が同じ発想になるような教育であった。人と違ってはいけない、まさに正解は一つなのである。これでは創造性とか人間関係力は養われない。しかしある目標に向かって全員で努力するには都合のいい教育であった。この点は、多くの方が指摘している。

★議論活発な千代田区教育委員会
 今月23日に教育委員会の傍聴に行きました。私は初めてでしたが、こんなにも活発な議論がされているとは正直思いませんでした。事務局の作ったシナリオ通り淡々と進んでいるのかと思ったら全く違いました。でもそれで安心しました。また傍聴には区議会議員が4人もいたのですから、またびっくりです。月2回の教育委員会傍聴が楽しみになりました。
 今回議論されたのは「学校週5日制について今後の取り組みについて」でした。

★学校週5日制スタート
 各自治体(学校)により個性ある教育がスタートしました。新聞にも報道されている通りです。
 私は常任委員会でも質問しましたが、「今回の週5日制については過去の日本の教育についてある反省があってこのようになったと思うが、千代田区ではどういう反省があり、今後の教育はどう行うのかという点について教育委員会ではどのような議論がなされてきたのか。」と。
 私は、先の社長が指摘したように、今までの全国画一的な教育から脱皮しあくまで子ども達の幸せのためという本来の目的に立って教育を行うことが自治体レベルで可能となった、記念すべきスタートではないかと思います。過去、教育をある目的のために手段とされてきた、もしくは 子ども達がその犠牲となってきたのではないかと。このような反省と新たな目標にたってスタートできればと私は思いました。
 総合的な学習の時間または土曜日の活用において
 今まで行われてこなかった、
 1.こども達に自ら考えさせる力をつける。
 2.人間関係力をつける。(ディスカッションが可能な少人数学級制)
 3.教育のための社会
 等ができればと考えていました。
 そして区教育委員会としてはこれらの点についてどう整理されてスタートしたのか確認したかった。

★今後とも教育については私のホームページ「みんなで考えよう」のページにて皆さんと意見交換していきたいと思いますのでよろしくお願いします。

☆ご意見、アドバイス等またお待ちしています。
 ありがとうございました。